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地震が起きた時のこと。

2011.03.14 (Mon)

11日、午後3時前、大変な震災が発生しました。
時々刻々とテレビで放送される映像を見ては、気が重く沈みます。
家や車がいとも簡単に流されていく恐ろしい光景が何度も映し出されます。
原発のニュースが恐怖心を煽ります。
家族を捜し求める人々の様子を見ると心がとても痛みます。

震災当時、私はコテージ棟の客室で掃除をしていました。
小さなゆれを感じたので、ハッとして様子を伺っていると、
次第に揺れが大きくなってきたので、急いで(靴もはかずに)外に出ました。
駐車場の真ん中辺りに行くと、
よりいっそう揺れが大きくなって身動きが取れなくなり、
立っていられなくなってその場に座り込みました。
「そろそろ揺れも収まるだろう」という思いと裏腹に、
揺れはどんどん激しくなって、
自動車はポンポン跳ねるように揺れているし、
地面は波打つように揺れています。
本館を見上げると、ぐらぐらと揺れていて、
中からお皿が割れる音が聞こえてきました。
本館には相方が居るのに一向に外に出てきません。
このままでは本館が崩れるのではないか、と思い、
必死で「外に出て~~!!外に出て~~~!!」と
何度も何度も叫びました。
(地震が収まってから気が付くとのどが痛くなっていました。)

しばらくして地震が収まると、
ひょっこりと相方がドアを開けて出てきました。
駆け寄って「なんですぐ出てこなかったの!」と言うと、
「厨房でお皿を押さえてた・・」とのこと。
・・・命よりも皿・・・???(-_-;)
とにかく無事で何よりでした。
後から厨房へ行って見るとすべての棚は倒れお皿は割れ、
「よくこの中で生きてたね・・・」と不思議に思うくらいでした。

余震が続く中、保育園にいるチビ太郎が心配でたまらず、
すぐに迎えに行って見ると、
パニックにもならず、先生の指示通り、みんなでちゃんと机の下に隠れていて、
それはそれはホッとしました。

家族3人揃ってやっと、なんだか涙が出てきました。
「あー、みんな、生きててよかった。」
つくづくそう思いました。
そんなこんなで今は平穏です。

それにしても恐ろしい経験でした。
那須町は震度6強だったようで、初めての経験でした。
地面が波打つあの感覚、今でも忘れられません。。。。

地震の後、その週の土日に宿泊予定だったお客様と、
電話でなかなか連絡が取れず、メールを頂いたりしたのですが、
その中で、まずは私たちのことを心配してくださっているお言葉を頂いて、
本当に本当にありがたく思いました。
なんて優しい方たちなんだろう、と
そのお心遣いに胸が熱くなりました。
心配してくださった方々、本当にありがとうございました。
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